大津地方裁判所 平成2年(ワ)240号 判決 1993年4月23日
原告
原瑞世
ほか六名
被告
梅田道弘
ほか二名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告梅田道弘、被告豊橋鉄道株式会社は各自、原告原二郎に対し二六〇三万六一八七円、原告原瑞世、原告原総子、原告原一郎、原告原貴恵に対しそれぞれ五六五万九〇四六円、原告氏田安市、原告氏田冨美子に対しそれぞれ二〇〇万円、及び右各金員(ただし、原告原二郎についてのみ二六〇三万六一八七円の内二四〇三万六一八七円)に対する昭和六二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告日新火災海上保険株式会社は、原告原二郎に対し一〇六四万円、原告原瑞世、原告総子、原告原一郎、原告原貴恵に対しそれぞれ三〇九万円、原告氏田安市、原告氏田冨美子に対しそれぞれ一〇〇万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、ライトバンと観光バスの衝突事故により死亡したライトバンの運転者の相続人であるその夫及び子並びに運転者の父母である原告らが、観光バスの運転手である被告梅田に対し民法七〇九条に基づき、右観光バスの保有者で被告梅田の使用者である被告豊橋鉄道に対し自動車損害賠償保障法三条並びに民法七一五条に基づきそれぞれ損害賠償を、右観光バスについての自動車損害賠償責任保険の保険会社である被告日新火災海上保険に対し自賠法一六条に基づく損害賠償額の支払いを、それぞれ求めた事件である。
一 争いのない事実
昭和六二年一二月八日午後二時三〇分ころ、滋賀県甲賀郡甲南町塩野八〇一番地先国道三〇七号線において、訴外原一子の運転する自家用普通貨物自動車(登録番号滋四四ほ五五六三号、以下「原告車」という。)と、被告梅田が運転する事業用大型乗用自動車(観光バス、登録番号・三河二二う一三五九号、以下「被告車」という。)との事故が発生し、同日訴外一子は死亡した。
被告車につき、被告日新火災海上保険を保険者、被告豊橋鉄道を保険契約者とする自動車損害賠償責任保険が締結されていた。
二 (争点)
1 本件事故について、被告梅田並びに被告豊橋鉄道に責任が認められるか。特に、本件事故は、原告車と被告車のいずれが道路のセンターラインを越えたことにより生じたものか。
(原告らの主張)
原告車は、東西に走る現場道路を西から東へセンターライン寄りを走行していた。被告梅田は、本件現場道路は衝突地点が頂点となつている坂道であり、対向車線の前方から来る車両の見通しが悪かつたのであるから、自動車運転者としては徐行義務を負担していたにもかかわらず、これを怠り、時速五〇キロメートルで、かつ、前方不注意のままで被告車を運転して現場道路を東から西へ進行させ、被告車の乗客が原告車との対向すれ違いに危険性を感じていたにもかかわらず、警笛を鳴らしたり、徐行したり、道路左側に車を寄せて進行したりして未然に衝突を回避するための処置を講ぜず、漫然と道路センターラインをやや北側にまたいで原告車進行方向車線に進入したままの状況で走行し、衝突現場直前で原告車を認め、左ハンドルを切つたがブレーキもかけないままで、被告車右前部を原告車右前部に衝突させ、原告車を衝突現場から跳ね飛ばして、その前部を道路北端のガードレールに衝突させるに至つた。
(被告らの主張)
本件事故は、原告車がセンターラインを越えて被告車の進行方向車線に進入した過失より発生したもので、被告梅田は原告車のセンターライン突破が至近距離のため、急制動措置を講じたか間に合わなかつたものであつて、被告梅田及び被告豊橋鉄道に過失はない。また、本件事故当時、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。
2 損害額
(原告らの主張)
一子の逸失利益及び慰謝料、近親者としての固有の慰謝料、葬儀費用の内金及び弁護士費用の内金の合計として、原告らは合計五二六七万二三七一円の損害を受けている。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告梅田及び被告豊橋鉄道の責任)について
1 証拠(甲三、五ないし九、乙ないし五、検乙一ないし六、証人阿部登志江及び被告梅田本人)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告梅田は、昭和六二年一二月八日午後二時三〇分ころ、被告車(ミツビシふそう観光バス)を運転し、滋賀県甲賀郡甲南町塩野八〇一番地先国道三〇七号線において、東方の信楽町方面から西方の水口町方面に向け、時速約五〇キロメートルで進行していたところ、約一五〇ないし二〇〇メートル先から反対車線を対向して進行して来るのを認めていた原告車(ニツサンサニーバン)が、約三〇メートル先から一瞬ふらついた後でセンターラインを越えて被告車進行車線に進入してきた。被告梅田は、直ちに急制動の措置を取つたが間に合わず、ブレーキが効き始めたと思うと同時くらいに、被告車の右前部と原告車の右前部とが衝突した。原告車は右衝突により跳ね飛ばされ、その前部が道路北側のガードレールに衝突し、右衝突の衝撃などにより、同時刻ころ、訴外一子は顔面骨・頭蓋骨骨折に基づく脳挫創により死亡した。一方、被告車は、原告車との衝突によりエアーブレーキ装置が破損し、フツトブレーキが効かなくなつたため、サイドブレーキを利用して衝突地点から約七五メートル進行して停車した。
(二) 本件事故現場の被告車走行車線の道幅は約三・一メートルであり、被告車の車幅は二・九四メートルであるところ、被告車は右車線のほぼ中央付近を走行して来ており、原告車がセンターラインを越えて被告車進行車線に進入してきた際に、左方へ急転把をして原告車を避けることはできない状況であつた。
(三) 本件事故地点は、平坦で舗装された見通しの良い直線道路であり、路面は乾燥していた。
(四) 被告車は、昭和六二年四月一日に初度登録された比較的新しい車両であり、本件事故の四日前である同年一二月四日に被告豊橋鉄道の本社工場において点検を受けており、本件事故時、構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。
2 なお、原告らは、実況見分調書(甲五)添付の写真4などによると、被告車の右前輪タイヤスリツプ痕が中央線と平行しておらず、被告車の車両長さが一一・九四メートルあることを考慮すれば、被告車は対向車線側にセンターラインを越えて走行していたところ、衝突直前に左へ転把したものであることが推定されると主張するが、証拠(甲五、九)により認められる原告車のものと認められるタイヤスリツプ痕と右被告車の右前輪のものと認められるタイヤスリツプ痕の位置関係などを考慮すると、原告車がセンターラインを越えて対向車線に進入したものと認められること、更に証拠(甲五、検乙一ないし六、証人阿部及び原告本人)によれば、本件事故による衝突の衝撃は被告車に対しても相当強いものであつたことが認められ、本件衝突の衝撃により被告車が左方向への力を受けたこと、又は前記1の(一)の事故のような場合に、経験則上認められる運転者がとつさに半ば無意識的に衝突を避けるため左方へ転把しようとすることによつて、右被告車前輪のようなタイヤスリツプ痕が生じたものと推認でき、その他、証人阿部及び被告梅田本人の供述する原告車がセンターラインを越えて進入して来たとの内容などに照らすと、右原告らの主張は採用できない。
また、原告らは、本件事故現場は、衝突地点で頂点となつており、対向車線の前方から来る車両の見通しが悪かつたのであるから、自動車運転者としては徐行義務を負担しているにもかかわらず、被告梅田はこの義務を怠り、時速五〇キロメートルで走行していた過失があり、右徐行義務が守られていれば、本件事故は発生しなかつた可能性が極めて強いと主張するが、証拠(甲五)によれば、本件現場道路は平坦で見通しの良い道路であり、被告梅田の供述によれば、同被告は原告車を約一五〇ないし二〇〇メートル先から認めることができたことが認められ、一方、原告らがその主張の根拠とする道路縦断図(甲八)は距離対標高の比が二五〇〇分の一対二〇〇分の一であり、右図面をもつて、本件現場道路の見通しが悪いとはいえず、原告らの主張は採用できない。
また、原告らは、被告車の乗客が原告車との対向すれ違いに危険性を感じていたにもかかわらず、警笛を鳴らしたり、徐行したり、道路左側に車を寄せて進行したりして未然に衝突を回避するための処置を講じなかつたと主張するが、実況見分調書(甲五)によれば、被告梅田が原告車がセンターラインを越えて被告車進行車線に入つてきたのを見たのは約一五・六メートル先との記載があり、証人阿部は、前方を見ていたところ被告車が二ないし三回センターラインを越えたのを見たが、その最初は約三〇メートル先であると証言し、被告梅田はその本人尋問において、被告車は約一〇メートル先でセンターラインを越えたと供述しているところ、走行する車両に乗車している者が対向して走行してくる車両との正確な距離を判断するのは困難を伴うことから、各人の距離の認識にある程度の差異が生じることはやむを得ないと考えられるが、証人阿部の認識である約三〇メートルの距離でも、時速五〇キロメートルで走行する車両は約二・一六秒(〇・〇三キロメートル÷毎時五〇キロメートル×三六〇〇秒)で到達するものであり、更にその速度が不明ながら原告車も対向して走行して来ていたことをも併せ考慮すると、本件では、被告梅田が原告車がセンターラインを越えて被告車進行車線に進入してくるのを発見してから衝突まではほんのわずかの時間であつたと認められる。そうであるから、被告梅田がセンターラインを越えてくる原告車を発見してから回避措置をとる時間的余裕はなかつたものといえる。なお、証人白井君子は、衝突前に原告車がセンターラインを越えて来るとの乗客の声を聞いたと証言するが、右証言によつても、右声がしてから衝突までの時間的間隔が必ずしも明らかでなく、右声がしてからすぐに衝突したとの証言部分もある。結局、原告らの右主張を採用することはできない。
3 以上によれば、本件事故は、原告車がセンターラインを越えて被告車の進行方向車線に進入した過失より発生したもので、被告梅田は原告車のセンターライン突破が至近距離であつたため、急制動措置を講じたか間に合わなかつたものであつて、被告梅田及び被告豊橋鉄道に過失はないと認められる。
また、本件事故当時、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたことが認められる。
二 したがつて、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。
(裁判官 本多知成)